美女と野獣(2017年製作の映画)
Beauty and The Beast
- 上映日:2017年04月21日
- 製作国:アメリカ
- 上映時間:130分
- ジャンル:恋愛ミュージカル
- 配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
あらすじ
ひとりの美しい王子が、呪いによって醜い野獣の姿に変えられてしまう。魔女が残した一輪のバラの花びらがすべて散る前に、誰かを心から愛し、愛されることができなければ、永遠に人間には戻れない。呪われた城の中で、希望を失いかけていた野獣と城の住人たちの孤独な日々に変化をもたらしたのは、美しい村の娘ベル。聡明で進歩的な考えを持つ彼女は、閉鎖的な村人たちになじめず、傷つくこともあった。それでも、“人と違う”ことを受け入れ、かけがえのない自分を信じるベルと、“人と違う”外見に縛られ、本当の自分の価値を見出せずにいる野獣──その出会いは、はたして奇跡を生むのだろうか…?
Filmarks-映画情報- https://filmarks.com/movies/61335
たしか劇場で観ているはずなのですが当時の感想文が見当たらないので、観なおした際に感想をまとめようと思っております。またその際には改めてお知らせいたします。以下、感想が読みたいなと思ってらっしゃる人(がいるかどーかは知らんですが万が一いた場合)に対してはちょっと関係ないことが続きますがご了承くださいませ。
ひとこと感想
他映画作品の感想を述べるにあたり、”美女と野獣”的作品群における”トリさんの方がカッコイイのだ問題(?)”についてちょっとメモしておきます。
以下、駄文に付き合えるだけの余力のある人のみどーぞ。
“美女と野獣”的作品群における”トリさんの方がカッコイイのだ問題(?)”について
80年代後半の名作ロボットアニメ『魔神英雄伝ワタル』に登場する渡部クラマは、ドワルダーにかけられた呪いにより鳥人間にされていたのですが(何の話をしだしたんだコイツはと思った方はどうぞお戻りください)、最後は念願叶ってその呪いが解かれ人の姿に戻ることが出来たものの、共に旅を続けてきた忍者の少女忍部ヒミコに「トリさんの方がカッコイイのだ」と言われるというシーンがあり、子供の頃の自分はこの言葉の矢に膝の皿を砕かれてしまいまして。あまりの感動と激しい同意の感情を得てしまったこれ以降、他作品において発生する”異形の者が異形の者のまま存在を認められない結末”に、どーにもこーにも納得がいかなくなってしまったのですよね。王子の美しい心がベルの心を打ったのであれば(急に話が戻ってますが)、その姿が元に戻らなくてもいいではないか、とまでは言わぬものの、「王子は美しい姿を取り戻したのでした、ちゃんちゃん。」という終わらせ方はどーしてもオチとして納得がいかないんですよねー。また逆を言えば『シェイプ・オブ・ウォーター』なんかはガッツポーズでエンディング迎えられるので大好き。
あ。ただこれが作品の良し悪しだったり、面白いのか面白くないのかということではなくて、それはそれで全然物語としてはアリなんですけどね。ヒミコが悪いわけでもなく、膝が砕けた自分が悪いってハナシです。ちゃんちゃん。
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